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社会保障制度に関する勧告
                               昭和二十五年十月十六日                                社会保障制度審議会会長発内閣総理大臣宛                    社会保障制度に関する件  本審議会は客年五月審議会の設置と同時に社会保障制度に関して慎重審議を行ってきたが、現下の社会経済事情並 びに日本国憲法第二十五条の本旨に鑑み緊急に社会保障制度を整備確立するの必要ありと認める。よって、本審議会 は、政府が直ちに社会保障制度の企画、立法を行うよう社会保障制度審議会設置法第二条第一項の規定により、別紙 のとおり勧告する。  なお、社会保障制度は各省庁の所管事務にまたがり、これが統一整備の事務は複雑ぼう大であるから、政府は新制 度の実施準備のため速かに独立の企画機関を設けるよう御配慮せられたい。    昭和25年10月16日                                         社会保障制度審議会会長                                                大内兵衛  内閣総理大臣 吉田 茂殿                       序    説     時代はそれぞれの問題をもつ。     敗戦の日本は、平和と民主主義とを看板として立ちあがろうとしているけれども、その前提としての    国民の生活はそれに適すべくあまりにも窮乏であり、そのため多数の国民にとっては、この看板さえ見え    難く、いわんやそれに向かって歩むことなどはとてもできそうではないのである。問題は、いかにして    彼らに最低の生活を与えるかである。いわゆる人権の尊重も、いわゆるデモクラシーも、この前提がな    くしては、紙の上の空語でしかない。いかにして国民に健康な生活を保障するか。いかにして最低でい    いが生きて行ける道を拓くべきか、これが再興日本のあらゆる問題に先立つ基本問題である。     問題はそれぞれの解決法をもつ。     貧困の問題は旧い問題である。旧い日本ですら、それぞれの時代においてそれの貧乏退治の方法をも    った。このことはわれわれの民族のヒユマニチーの歴史が十分に実証するところである。けれども、同    じ旧い問題でもその解決の方法は、今日においては、全く別のものでなくてはならぬ。というのは、いま    や人間の生活は全く社会化されておるからであり、またその故に国家もまたその病弊に村して社会化さ    れた方法をもたねばならぬからである。すでに外国においては、いわゆる社会保障の制度が著明な発達    をとげているのはこのためであって、国によっては、「ゆりかごより墓場まで」すべての生活部面がこの    制度によって保障されているとさえいわれる。日本でもこういう制度なくして、この問題が解決できる    とはいえない。そしてその証拠には日本でもすでに久しくその嫩芽はあるのである。要するに貧と病と    は是非とも克服されねばならぬが、国民は明らかにその対策をもち得るのである。     いまやわれわれは力をつくして問題の解決にすすまねばならぬ。     こういう当面の事態のもとに、わが社会保障制度審議会は1年半にわたる勤勉な努力をつづけて、日    本におけるこの問題を研究し、ついに日本において直ちに実施し得べき案を立てた。われわれは、これ    を以て、日本の当面する最大の問題について現在の日本において得られる最善の案であると信ずる。諸    君! 諸君は私のこの言を以て笑うべき妄語とするなかれ。なぜならば、わが審議会40幾人はこの道の    エキスパートであって、その人々の意見はほぼすべてここに盛られているからだ。またさらに、多くの    国民の声がこのうちにとり入れられてあるからだ。こういえば、諸君は直ちに、それにしてもお前のこ    とばは大言にすぎるというであろう。そうだ。それは私も知っている。実のところ、私は、一応かくい    うことによって、読者諸君の好奇心をそそりたいのである。そして諸君の批判を挑発したいのである。    そこで諸君! 私をしてもう一段進んでわれわれの真意を語らしめよ。われわれ審議会は、ここに一応    の審議を終え、一応の成案を得たとはいえ、これによって問題が解決したなどとは決して思っていない    のであり、われわれの前途はなお多難であると思っているのである。そこで、われわれは本案について    ひろく天下の批判を仰ぎ、またなるべく全国民の同意を得、その力によって、日本における社会保障制    度が、一歩でも前進することをのぞみたいのである。       昭和25年10月16日                             社会保障制度審議会会長 大 内 兵 衛    社会保障制度に関する勧告  日本国憲法第二十五条は、(1)「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」(2)「国は、す べての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と、規定して いる。これは国民には生存権があり、国家には生活保障の義務があるという意である。これはわが国も世界の最も新 しい民主主義の理念に立つことであって、これにより、旧憲法に比べて国家の責任は著しく重くなったといわねばな らぬ。  いうまでもなく、日本も今までにいろいろの社会保険や社会事業の制度をもっている。しかしながら、そのうちに は個々の場合の必要に応じて応急的に作られたものもあって、全体の制度を一貫する理念をもたない。その上長年に わたるインフレーションはこれらのどの制度をも財政難におとしいれその多くはいまや破綻の状態にある。しかも戦 争は国民の生活を極度に圧迫して、いまや窮乏と病苦とに耐えないものが少くない。ことに家族制度の崩壊は彼等か らその最後のかくれ場を奪った。  社会保障制度審議会は、この憲法の理念と、この社会的事実の要請に答えるためには、一日も早く統一ある社会保 障制度を確立しなくてはならぬと考える。いわゆる社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業 多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対 しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべて の国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいうのである。  このような生活保障の責任は国家にある。国家はこれに対する綜合的企画をたて、これを政府及び公共団体を通じ て民主的能率的に実施しなければならない。この制度は、もちろん、すべての国民を対象とし、公平と機会均等とを 原則としなくてはならぬ。またこれは健康と文化的な生活水準を維持する程度のものたらしめなければならない。そ うして一方国家がこういう責任をとる以上は、他方国民もまたこれに応じ、社会連帯の精神に立って、それぞれその 能力に応じてこの制度の維持と運用に必要な社会的義務を果さなければならない。  しかしこういう社会保障制度はそれだけでは、その目的を達し得ない。一方においては国民経済の繁栄、国民生活 の向上がなければならない。他方においては最低賃金制、雇傭の安定等に関する政策の発達がなければならない。  しかし、わが国の貧弱な財政の下においてはこれらすべてを一時に実現することは困難である。  社会保障制度審議会は上述の見地において、下記の如き社会保障制度案を作成した。もとより社会保障の本来の目 標を距ることは遠いけれども、今日において、この制度のスタートを切ることは絶対の必要であり、また少くともこ の程度のことをやらなければ、当面する社会不安に対する国家の責任を果すことはできない。当審議会は政府が即時 全面的にこの制度を実施するよう勧告する。  なお、この制度の実施には官庁の廃合、医療及び医薬の科学性と公共性を発揮せしめ得るような制度の改革を予定 しており、当然に行政の科学的管理と専門職員の養成とが要請せられる。また、年金の積立金その他必要資金は頗る 巨額に達すべきをもって、その運用については民主的制度が考案さるべきである。われわれはこれらについても政府 の賢明な勇断と慎重な用意とを期待する。